芙蓉薄意方章

さらにコアなはなしを・・・
最近は中国本土でも印材ブームだそうで・・・全く正直勘弁してもらいたいものです。中国国内でブームなだけならいくらでもかまわないのですが,日本が安いということを知っている中国人バイヤーが茶壺同様文革期かそれ以前(明治期)に入ってきた印石を買い戻しに毎日大量にやってこられます。

これらは,いたずらに市場価格を高騰させるだけでなく,良質な印材が中国にもどるともう二度と日本に来ることはないということで,今回は茶壺の時のように,古美術商の鑑定の知識になるようなことは,あまり述べないようにします。考えてみれば,今日本の宜興紫砂が高騰している原因の一つには,中国人バイヤーの存在だけでなく,このHPがいたずらに専門的な視点を公開したせいでもあると反省しています。

印材や今後書き足す福建アジア陶瓷では,鑑定のツボとなるようなことは,極力ぼかして書くようにしたいと思います。

でも,ちゃんと見る目がある人が見れば良いか悪いかなんて一発なんですけどね・・・
印章石の始まり〜軟宝石 印石という鉱物

 印石といのは,印を作るための主として葉蝋石でできた石を指します。印石は玉のような輝きを持ち,肌理が細かく純潔で彫りやすいという特徴を持っています。元明の頃,印章石というものが発見され,印壇に登場しました。ここから中国篆刻史上「石章」の時代が始まります。明清の篆刻芸術の勃興とともに盛んになってきます。これまで銅や金など金属や玉製のものが多く,素人に彫れるようなものでは無かったので,印石というのは書家が誰かに委託せず自らの表現を実現できるようになったキーワードとも言える石です。書家や篆刻家にとって理想的な材料であったとしたら。ここまで中国文化の中心をしめることは無かったでしょう。印材が人(といっても大部分は男性ですが)の心をとらえたのには,石自体の豊富な品種と様々な色彩,文様を持っていること,独特の手触りが文人の玩び心にかなう。また,その希少性から金玉珠寶と同じレベルのものとして,柔らかい宝石(軟宝石)としてコレクションの対象ともなってたという背景があります。中でも,もう全く市場には出てきませんが,福建省寿山というところでとれた田黄(でんおう)という石は,同量の金より数倍から数十倍の価格となっています。

1. 印石の概念
 印石というのは印章石を省略した言い方で,彫るための石材を指します。石というのは,近くを構成する物質で広く分布し種類も多岐にわたります。広義では印石というのは,印を作成できる石材すべてを指しますが,印学上は,葉蝋石を主成分として構成される石材を指します。

 中国の古代人は玉と石とを厳格に区分しておらずその外見から分けていました。つまり見た目に美しい石を玉と定義し,玉徳といった道徳的な言い方もしていました。許慎の説文解字では玉とは石の美しいものを指すとあります。玉石以外にも色彩が美しく姿が珍しく外観上は玉と変わらない特色を持った鉱物もあり,これら玉に似た美石は,古くは[王民]呼ばれていました。宋の梁克家は三山誌の中で玉のように純粋さを持ち柔らかい寿山石を[王民]であると定義しています。



大体外観は玉のようであり,きめ細かく,純潔で,硬度が柔らかいという三つの特徴を持っています

また俗に図書石,石筆石,凍石,民昆などとも言われています。前の2つは,その用途から名付けられたもので,後ろの2つは,その外観上の特徴から名付けられたものです。中国では,印石を産出する地域は非常に多くあり,各地から石質も異なることから,産地と色・形質上の特徴から名前を付けています。たとえば,寿山石,青田石,昌化石という具合です。さらに,鶏血石,魚脳凍,桃花凍などと名付けられています。様々な特徴を持つ中国印章石ですが,明清の二代庭田って大量に採掘され,海外に輸出もされたことにより,科学界からも注目されることになりました。1848年ドイルの科学者は,中国印章石の研究を行い,筆蝋石,緑霞石,塊滑石の3つに分類しました。大量に出土し,伝世されている明清の印章石を見ると,その石質の大部分は葉蝋石であり,他の二種は非常に少ない。葉蝋石は。一種の水鉛珪酸鉱物で,化学成分は,Al2o>28%
Sio66%,化学式は,Al2[Si4o10](OH)となります。単斜晶で片上あるいは放射状の集合体で,白色,淡黄職,淡緑職であり,なめらかで光沢があり硬度1から2比重が2.66〜2.99までであるという特徴があります。
滑石の主要化学成分は,Mgo>30% Sio60% 科学式は,Mg3[Si4o10](OH),単斜晶あるいは,片状,鱗状あるいは,密集合体で淡緑ないし白色でなめらかで硬度は1度,比重は2.7から2.8となっています。これらからわかるのは,葉蝋石と滑石は化学成分が非常に似かよっており,外観的にはなめらかできめ細かく,光沢があるといった特徴をそれぞれが持っています。ただし,滑石は,硬度が低すぎて,指の爪でも傷をつけられることから,印章石として適しているとは言い難いものです。
印材の見方(善し悪し)
印材には,大きく切石と装飾石があります。切石というのは,我々篆刻の初心者が練習につかう,文字通り石を方形に切っただけのもので,これはこれで見方があります。

もうひととは,観賞用というか,装飾を施した印章で,前にも述べましたがふつうコレクターが収蔵の対象とするのがこちらの石です。寿山の田石,水石,山石などで格付けがされます,さらには,鶏血,青田などと続いていきます。

もう一つは,印材よりも印影つまり名家が刻した印章をコレクションするというやり方です。当然,田黄などに有名な刻社が彫った作品は茶壺同様一番効果なわけですが,明清の篆刻家はあまり金持ちはおらず,金持ちからの持ち込み品以外は,ふつうの青田切石に刻してあるものがほとんどです。先日,香港で陳鴻壽の展覧会を見たり,上海博物館,杭州の印章博物館などでも名家の刻印はふつうの印材に刻してあります。


明治の大家で上海の徐三庚に師事した円山大迂の印
珍しい象の紐がついた寿山凍石です。
石の用途別見方
切石 青田や巴林などを切り出したものですが,もう全く良い石は無く,青田,巴林とも雑分が大く入っていて,練習にもなりません。私は店に行ったら欲しい青田をすべて仕分けして良さそうなものだけ一箱に詰め替えて買ってきています。青田では,雑味がないもの。つまり黒やその他の混じりけがなく,青田色でなるべく純粋なもの。それから重要ですが,クラックが入っていないものを選ばないといけません。今は禁止されているそうですが,一時期ダイナマイトで粉砕していた時期があって,これはすぐに割れてしまいます。特に砂釘という鉄分の粒が多量に入っているものは,印刀がたちません。なるべく雑身のないものを選びましょう,
新材 逆に新材と呼ばれる,各地の石が安価に入ってきています。遼寧省あたりの凍石や大根などが良く見あたりますが,いかんせん柔らかすぎて,良質の寿山や青田に比べるといかにも劣るものがおおいのですが,場所はわからないけれど,(おそらく福建省の他の場所)で,新優材が取れ,これは彫りやすく鑑賞にもたえます。
早期印 いわゆる文革時期に中国から大量に入ってきた石で,寿山が多く良質の石がたくさんあります。こまめに探せば,かなり安価に手に入れることができます。紺色の布製の箱に入っていて,一対であることが多いです。特に最近入手不可能な高山などがおおくあります。ただ,一対のものは,五分角など細いものが多いので,一寸ものなどはなかなかみあたりません。
古印(再利用) 文革以前に入ってきた駄石を削って再利用するという手があります。これは,コンディションにもよりますが,古印であまり印面が良くないものや,側款のない無名名ものは,印面を削って再生して使うことがあります。もちろん名家の作品にそんなことはしません。
優材(古印・新印) 古印,文革印,新渡の印ともに,いわゆる収蔵,鑑賞印というものがあります。まず,いわれのはっきりしたものであること。クラックや砂釘など雑味がないもの。紐や薄意などに西門派(これはあとで詳しく解説します)などの高級工芸美術師などが細工をしているもの。

特に明治期などに日本に入ってきて,刻されていないものでコンディションの良いものがあれば,即買いです。
名家作品 これは作家もので,一つは有名な篆刻家が彫った作品。知名度によりますが,茶壺同様贋物が多く,初学の方の手の出せるものではありません。
また上でも述べましたが,福州の東門地区,西門地区には,有名な紐や薄意の作家が多く,高級工芸美術史,工芸美術大師の称号を持っている作家も多くいます。こういう作品は,やはりほとんど流通しませんが,コレクション的には重要です。

本HPでは,(なるべく)優材と名家作品を中心に展開していきたいと思いますが,なにせ最近のコレクションですので,急に博物館クラスのものが手にはいるわけも無く,試行錯誤で展開していきます。先学の諸兄の意見をお待ちしています。
印章趣味の心得
良い印材の見方は,茶壺と全く同じです。なるべくたくさん本物を見ること。特に篆刻をやられる場合は,先生一本やりもよいですが,歴代名家の刻様を見るのが一番勉強になります。幸いなことに最近中国では印面を写真にした図録がたくさんでていますので,刀法(彫り方,深さ,刀を当てる角度など)印譜ではわからないことが多く見られるようになり大変勉強になります。
ちなみに,名家の作品を常時見られるところは,上海博物館。浙江省の杭州西湖畔にたつ,中国印章博物館,香港の羅桂祥美術館(これは茶壺館ではなく,喫茶コーナーの2階です。お見逃し無く。)日本では篆刻美術館というのがありますが,筆者は未見です。
なかでも,上海美術館は圧倒的な展示量を誇っており安価な図録も出ています。

ちなみ,印材でしたら,寿山に寿山石博物館があります。青田その他はまだ訪問していないのでわかりませんが,たぶん同じようなものがあると思います。
また,中国台湾では恐ろしいほどの数の図録が出ています。重要なもので絶版野茂のもありますが,台湾の骨董書店街などをこまめにさがせば入手可能でしょう。
日本でも,何冊か出ていますがほとんど絶版で,しかも内容が古く,日本の煎茶道具の照会と同じで,情緒的で事実の裏付けのないものが多く,資料的にはあまりおすすめできませんが,日本人の美意識にかなう古印材が多く写真となっていますので,これも感性を磨くにはよいと思います。
また,印章も清朝以前のものは文物ですので中国国外持ち出しは禁止です。気をつけてください。


印材の見方(ツボ)
印材というのはあくまで実用品ですが,その中に美を見いだすのがポイント。

いくつかのポイントがあります。

キーワード 説明
印材自体にしっとりとした潤いと暖かさ,粘りがあること。
膩(じ) 細膩。決めが細やかでとろけるような感じがある。身が詰まっている感じがある。
透明感があること。宝石とは異質の風格があること。
清浄で高尚な雰囲気をもっていること。
上記四つの要素がからまってえもいわれぬ深い含蓄と気品があること。印材自体が山水画のような自然観をもっていること。

という点がわかってしまえば,印材の善し悪しはわかってしまいます。これはあくまで,優品にたいする鑑賞ポイントで,切石に求めるものではありません。また,これも茶壺と同様ですが,上記ポイントを人工的に作り出す技術がたくさんあります。さらには,駄石を優石に見せるための技術。古色をつける技術など,中国美術は常に贋物との勝負です。たとえばクラックを隠すために油を吸わせる。(これは,油養といって,油を吸わせないと状態を保てない種類の石があるので,必ずしも偽の仕事とはいえませんが,油を入れただけでクラックはものの見事に消えてしまいます。もちろn,油が切れれば再現します)綿花紋の入った茘枝凍などを鹹水につけて人工田黄を作るなどきりがありませんが,贋物作りは別途簡単にご紹介します。(これはあまり公開すべき技術ではなく,茶壺同様いたずらに価格の高騰を招くので細かくはのべません)
いずれにせよ本物をたくさん見れば,人工物のいやらしさ。上記5点が肌で直感的にわかるようになります。
ちょっとだけコレクション(別途コレクションページを公開する予定ですので予告編です。)