自然型

今回は印とか爾とか篆刻とか印鑑とか落款とか印面とか印を巡るさまざまなことばについて説明をします。
印という字は「しるし」とも読み,「信用」という意味があります。英語ではということで「封」という意味でやはりなにかを証明するという意味を含んでいます。「判子」あるいは,「判」という言い方もします。判を押すということは,信用を担保するということです。つまり,サインや花押などと同じでその内容が信用におけるものであるということを証明するものということになります。花押というのは,本人を示す記号で,初期は,草名体(そうみょうたい)といって草書のサインと変わらないものでしたが,名前を合成してそこから何画かを抜いて自分のしるし(サイン)としたものです。鑑定団などで花押が違うというのをときどき聞くことがあります。秦の始皇帝の時代に皇帝の判子は「爾(じ)」という言葉を使い文字も小篆という皇帝専用の文字を使いました。その結果皇帝以外の判子は「印」という文字を使うことになりました。印章という場合の章というのは,しるしを付けるために彫る錐のことがそもそもの意味です。 では,篆刻とはなにかというと,このような判子を彫ることを指します。印材とは,印を作る時の材料を指し,一般的には,合成樹脂,象牙などの動物の牙骨,金属,陶瓷,木,ゴム,石などを使用します。
中国,香港や台湾などの土産物として判子を求められる方が多いようですが,まず合成樹脂です。鶏血などという赤の入ったもので石の場合は,大体染めたものです。田黄という黄色い最高級の石は,大体染めたもの。もう少しましなものとしては,最低ランクの石に本物の鶏血をスライスして貼り付けるという技を使うケースもあります。これだと,相当目の利く人でもわかりません。買う前に彫らせてもらえないからです。石だけではありません。刻字自体も,今有名な篆刻家に依頼すると一文字数万元の彫り賃をとられますから,中国のホテルなどで10分で彫りますという人は素人に毛が生えた程度の人。注文の翌日渡しますと言う場合は,まず100%ルーターによる機械彫りです。
印面とは,印影を彫るべき面の部分をさします。印面は通常平面で下に向けて押すため,その側面を印側といいます。判子を彫った人は通常この印側に落款を入れるため側款といったり,返款といったりします。印面の反対側を天といいます。天につまみや装飾が施されている場合その部分を紐(ちゅう)といいます。印材に石を使った場合,印側にも装飾を施すことが多くありこれを側紐とよんだり,薄意(はくい)と呼んだりします。
朱文と白文
判子については,押印した際に,字の部分に印肉が着くような彫り方を陽刻といい,通常は朱文といいます。
その逆で,字の部分のみ彫って押した際に印影が印肉からはずれるものを陰刻あるいは白文といいます。

印は銅印など初期の官印では白文を正式としてきました。この影響で,たとえば落款として作品の下に二顆の印を押す場合、作者の本名を白文で上に、雅号を朱文で下に押すのがふつうです。
落款印 落款にだけ用いる印で,本名を刻した白文印と雅号を刻した朱文印を用います。落款とは,落成款識(らくせいかんしき)という言葉を略したもので,落成は書画が完成したということを示し,款識とは署名,捺印のことを指します。
引首印 作品の右上に押す印のことで、関防印(冠冒印)ともいい,表装などの際に上部を示すために使われます。逆に言えば切り取られていないことを証明するものでもあります。この引首引に,日本では長方形を使うことが多く,日本の印材が三顆で売られているのはこのためで,中国には無い風習です。
押脚印 同様に下部を証明するための印で,作品の下に押す印。堂号印・成語印や遊印を使います。

肖生印

朱文(陽刻) 白文(陰刻)
印の種類
現在日本の印には,法律上「実印」と「認印」の二種類があり,実印とは,役所に印鑑登録したものを指し,戸籍の名前と同一である必要があります。実印は,必要に応じて市町村役場,区役所あるいは会社の場合は登記所に申請して,印鑑証明書用紙に押してある印影が,登録されている印鑑と同一のものであることを証明してもらって,その印鑑証明書の交付を受けることができます。この印鑑証明書の添付があれば,その印が本人の印であることが公的に証明されます。印鑑というのは,その印面を証明する台帳のことを指し,判子自体を印鑑というのは間違いです。判子(印顆)の印影(印面)を実印であると証明する帳簿(台帳)を印鑑と言います。
 
印鑑登録は現在1人1個ですからその実印の判子以外はすべて認印ということになります。公印(実用印)と私印(遊印)という区分もあります。この場合は,戸籍と同一の名前を印にする場合(通常は名字とか,姓名)を実用印,名前以外の雅号,堂号,齊号,記号,吉語などの私印を遊印というようです。

実用印には,銀行印,契印,訂正印, 捨て印 ,止め印 ,割印, 消印 ,記名捺印 などがあります。また個人の印章以外にも,社印,銀行印,役印などがありますがあまりこの手の印章で遊ぶ人もいないでしょうからここではふれません。

私印・遊印は雅号印,収蔵観賞印,齊堂館閣印,別号印,字印,詞句印,成語印,吉語印,画像印,詩句印,道号印,肖生印などに区分されます。

古く皇帝の印章は印璽(いんじ)とよび,現在は御璽(天皇の印),国璽(国の印)があります。
印譜
印影を集めてまとめたものを印譜といいます。宋の『宣和印譜』をはじめ中国では多くの印譜がつくられています。現在は印刷された印譜がほとんどですが,原件原印という実際の印を押して集めた印譜は非常に価値のあるものです。篆刻を学ぶものにとってはかけがえのない手本でもあります。

印譜は通常紙に押しますがその紙を印箋(いんせん)といい,自分だけの印箋を作ったりします。印箋は,木の板に版画の要領で彫って作成します。
また,判子を押すための色料を捺印料とよび,印肉といいます。最近は,スポンジにインクをすいこませたものを多く使いますが,朱砂に藻草をいれてひまし油で溶いたものを印泥(いんでい)と呼びます。

原件印譜(高式熊印譜)

陳鴻壽印譜(原件)
「金石延年」

北京故宮博物院収蔵印譜(印刷)
印泥
 現在は,印を押すための印色料はスポンジなどにインクなどを入れたものが多くありますが,印で遊ぶためには中国製の印泥というものを使います。印では,光明,箭鏃,上品などランクが決められておりそれぞれ微妙に色が違います。
箭鏃や上品には天然の朱砂(硫化水銀)に藻草をまぜ,ひまし油で問いだもの。朱砂は非常に高価なので,中国に行ったら,右の写真のように印泥のみ購入してきます。光明やそれ以下は,人工の顔料などを使っています。
また朱以外に,各種色がそろっています。

印泥は使う前にお団子状に盛り上げて使います。また,油と草で出来ているため状態が悪いものは腐ってどろどろになってしまいます。こうなったものは,もう使えません。印泥は,中にゴミや石くずなどを入れないよう注意し,夏は腐りやすいので冷蔵庫などに保存したりします。

印泥を入れる合子を印合といいます。右の写真は皆印合です。だいたいは磁器のものが多いですが,堆朱,堆黒や玉で作られたものなどがあります。



印合

箭鏃を入れた状態

染め付けのちょっと古いもの

堆黒

西冷印社の箭鏃

文革期の印合
残念ながら購入した時
すでに印泥は腐っていたので
光明に入れ替えました。

呉政憲先生に作って
もらった印合

中は魚腸釉という釉薬を
入れてもらいました。