静岡の陶芸家島田幸一先生作の倣汝窯杯
青磁なんて何言ってるの?というかたも,壺迷を見ていただいている方には多いと思います。たしかに青磁の急須をお勧めしているわけではありません。
 でも,昔から青磁の花入れとか,香合などは煎茶の茶道具として一般的です。佃一輝先生の,「煎茶を愉しむおいしいお茶9つの秘伝」(NHK出版)でも,龍泉の砧青磁を小憩席の花入れとして紹介されています。この龍泉窯で焼かれた砧青磁とよばれる青磁は特に茶人や大名・寺院などで大事にされてきました。

 それと,青磁の茗碗(茶杯)でお茶を飲むと,実にお茶の色が鮮やかになるのです。

今回は,青磁について基本的なことだけ書こうと思っていましたら,ものすごーく長文になってしまいましたので,pdfにしました。おつきあいくださる方は,ダウンロードしてお読みください。本ページはダイジェスト版です。

      ダウンロード 青磁超入門(PDF形式:約1.4mb)


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静岡に島田幸一という陶芸家の先生がいます。島田先生は,台北故宮博物院で20年前に,宋時代の青磁の窯である汝窯(じょよう)をごらんになられて,青磁のとりこになり,以来汝窯の再現に生涯をかけてらっしゃる先生です。実は,この先生が作られたぐい飲みを茗碗に見立ててお茶を飲んでいるのですが,実にお茶の色が鮮やかになって美味しく見えるのです。これが不思議です。
 それと,龍泉窯から連れて帰った青磁ですが,光の加減や天気で毎日微妙に色が変わります。青っぽく見える日もあれば,緑が強く見える日,グレーが強く見える日もあります。このあたりが,青磁って普通の青い焼き物ではない。ただ者ではない!!というのが,青磁にはまったきっかけです。

島田先生の茶杯でお茶をいれたところ

こういう青いのだけでなく

これも青磁
青磁は青くない?
 青磁の勉強をしていくと,実に奇妙なことなのですが,青磁といわれているものでいわゆる「青」い色のものは実に少ないのです。緑だったり,グレーだったり,黄色だったり,薄茶だったりします。でもこれらは,緑磁とか,灰磁とか,黄磁とかいわず皆,青磁といいます。
 また,青い焼き物でも,景徳鎮で焼かれたものの中には青磁と呼ばれないものがあります。

では,青磁とはいったいなにももっていうのでしょうか?
それと,今マーケットなどで売っている青い焼き物にお茶を入れたときは,青磁に入れたときのように鮮やかになりません。
青磁はお茶道具
 青磁は今を去る800年ほど前の,宋の頃にピークを迎えます。もともと,祭器として作られたらしいのですが,宋の頃は最高のお茶道具として青磁は確固たる地位を築きました。
 同じ茶陶でも宜興窯は明の末期くらいから発展しますので,宜興紫砂の400年以上も前のお茶道具であったわけです。宋の頃も青磁オンリーかと言えば,そうでもなく白磁や黒磁などもかなり焼かれていました。特に,建窯の天目茶碗などは濃茶の道具として日本でも大切にされてきました。

 宋の徽宋という皇帝が青にこだわり,国家的な規模で専用のプライベート窯:汝窯を作り,雨過天青(うかてんせい)と呼ばれる,雨上がりの湿り気のある空色という青磁を焼かせます。以降,景徳鎮にとってかわるまで,龍泉窯等の青磁窯は中国国内だけでなく,日本・アジアはもとよりエジプトあたりまでそれこそ天文学的な規模で輸出を続けてきました。特に我々日本人の青磁好きは,また格別で今でも鎌倉や九州・沖縄あたりの波打ち際から龍泉窯のかけらが打ち上げられています。

これだって青磁

これも青磁

南宋官窯の黒胎磁片
紫金土の胎よりも紛青色の釉薬のほうが厚い!
青磁とは?
 青磁は今を去という炎で,1200度以上で焼かれると鉄がさびた状態から還元され鉄本来の青みがかった色にもどります。これを,釉薬のガラス質の中に閉じこめ,錆た状態にもどらないようにしたのが青磁なのです。従って,鉄の還元状態で,青から茶色までさまざまな色になるわけです。

 次の特徴は,釉薬の中に泡があること。特に龍泉窯の砧手と呼ばれる最高の青が出ているものは,陶玉ともよばれ自然の玉をしのぐ深みがあるといわれていますが,この深みを出すマジックが泡なのです。龍泉窯の泡は,汝窯や南宋官窯など他の窯とどうようビールのあわよりももっときめ細かく,実に神秘的なものです。これが,鉄分の青や胎の土色,入ってきた光などを様々に乱反射させ,あのようなえもいわれぬ奥深さを出しています。汝窯は,この泡を瑪瑙によってつくったといわれています。

 3つめは,胎の色です。南宋官窯・龍泉窯など代表的な青い青磁を焼いていた窯は,白胎と黒胎という2つの胎があります。それぞれの色が,鉄の青さと混じって,実に複雑な色となっているのです。黒胎は紫金土とよばれ,かなり鉄分が多く焼くと鉄のような色になります。これが碗などの口の部分は釉が流れ薄くなって胎が見え,高台部分は胎が無いため鉄色がでます。これを紫口鉄足とよびます。
 最後は貫入。これは,簡単にいえばヒビです。焼成後窯からだしてさます時に,胎と釉薬の収縮率が違うために釉に細かいヒビが入ります。この貫入が,フラクタル曲線のように人間の手を越えた神秘的なもようとなってあらわれてくるのです。

 青磁はこれらの要素によって,お茶の緑と器の青がディゾルブして実に複雑で鮮やかないろになるわけです。
龍泉窯
 宋の頃には,様々な窯があり龍泉を中心に最盛時400を越える窯が合ったと言います。汝官窯や南宋官窯などのような皇帝専用の窯は一般に流通することはなかったのですが,この龍泉窯は実に世界各地に輸出されていました。特に,アジアでは龍泉の器に毒物の入った食べ物を入れると黒くなるという噂があり(まったくのでたらめらしいですが),姿形や出来などはどうでもよく,龍泉窯ならOKという時代だったようで,技術的には宋をピークに元明とだんだんレベルが下がり,清朝では技術者を景徳鎮に移されたこともあり,全くひどい状態になってしまいます。また,広東窯や欽州窯などいたるところで青磁をつくっており,鎌倉に打ち上げられる青磁のどれほどが龍泉なのかはわかりません。
 一時期とだえていた龍泉窯ですが,1957年に当時の周恩来首相が,龍泉窯の復興を唱え,国営工場が出来現在の龍泉窯が復活したのです。

現代の龍泉窯(葉小春作)